義務ダンスTIME

日々新しい音楽を発掘中。

真夏の通り雨

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約二ヶ月会っていなかった彼女から、話があると連絡がきた。
嫌な予感しかしないが、よくあることだった。
 
よく晴れた平日の昼、僕が提案したカフェに彼女は10分遅れて現れた。
 
 
いつも通りの雰囲気で、いつも通りの会話、ドラマや仕事の話を一通りし終えた後、言いづらそうに彼女は別れ話を切り出した。
 
別に嫌いになったわけじゃないけど、休みが合わないこと、自分の趣味(AAA)を優先してしまい罪悪感があると言った。
 
しばらく沈黙した後、ニッシーには勝てなかったかーと笑いながら言うと、彼女は比べられないよと言った。
 
店を出ると、外は薄暗く雷雨に変わっていた。
彼女が差す傘に入りながら駅に向かって歩き出す。
 
「私ほんと雨女だなー」
 
「気のせいだよ」
 
「寂しくなるなー」というと、
 
「きっといい人見つかるよ、すごいいい人だから」と彼女は言った。
 
地下改札の前、最後のお別れはあっさりしている。
 
舌の上にはさっき飲んだ甘いアイスコーヒーとフレンチトーストの気持ち悪さがずっと残っていた。
 
 

宇多田ヒカル – 誓い

youtu.be

「初恋」はアルバムを通して、過去現在未来を行ったり来たりできるような歌詞になっている。

 

シンプルな歌詞について解釈を述べるなど蛇足かもしれないが、この曲 誓い 結婚(離婚)について歌っている。(ものと思われる)

 

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運命なんて知らない
けどこの際
存在を認めざるを得ない

本当にこんな私でもいいの
ねえいいの
あんまり期待させないでほしいよ

今日という日は嘘偽りのない
永遠の誓い日和だよ
綺麗な花も証人もいらない
同じ色の指輪をしよう

まずは出会いから始まる。運命を感じてしまうほどの相手に出会ってしまう。

私とは不釣り合いなくらいなそのお相手からプロポーズされてしまう。

そして、結婚式当日、他には何もいらないほど喜びの絶頂のようだ。

 

ここから展開が変わる。幾ばくかの時は過ぎ…

悔しくて仕方がない
ダサいくらいしがみついたまま
眠りたい 毎日

悔しい?宇多田ヒカル常套手段、突然のネガティブワードで何だなんだと惹きつけられる。

どうやら格上の相手とうまく行っていないようだ。

私の思いは募り、相手の思いは離れていくばかり。

そんな状況が悔しくて、それでもダサくても、離れられないのであろう。。

 

 

約束はもうしない
そんなの誰かを喜ばすためのもの

今言うことは受け売りなんかじゃない
約束でもない 誓いだよ
嘘つきだった僕には戻れない
朝日色の指輪にしよう

胸の高鳴りを重ねて踊ろうよ
今を生きることを祝おうよ

 

ここには僕という登場人物が出てくることから、相手目線での結婚時の描写だろうか。

嘘つきだった僕、となにか匂わせるが。

今までの約束なんてレベルじゃなく今回は誓いだぞということか。

 

 

 

たまに堪えられなくなる涙に
これと言って深い意味はない

不意に溢れてしまう涙。だいぶヤバイ。追い詰められてますね精神。


ただ昔を突然思い出し(ああ泣きたい)
開かれたドアから差し込む光

昔は幸せだったなあ、と過去の自分たちと比較してしまうのだろうか。出て行ってしまったのだろうか。


これからもずっと側にいたい
選択肢なんてもうとっくにない

まだ気持ちはあるけど、もう離婚するしかないのか。

 

今日という日は過去前例のない
僕たちの誓い日和だよ
綺麗な花も証人もいらない
同じ色の指輪をしよう

Kiss me once, kiss me twice
一度じゃ足りない
Kiss me once, kiss me twice
あなたを下さい

Kiss me once, kiss me twice
Kiss me three times
お願い
Kiss me once, kiss me twice
あなたを下さい

日の昇る音を肩並べて聞こうよ
共に生きることを誓おうよ

 結婚当時の盛り上がっている状況を、離婚したあとに幸せだったと振り返っているのかもしれない。

 

軽みと重み、暖かさと冷たさがしなやかに折り重なった、さすがの手腕。

 

 宇多田「1人のリスナーが私と対等な立場で私の音楽をヘッドホンで部屋で1人で聴いてるみたいなイメージしかできないんですだから時代性とかじゃなくて、いまこの瞬間でもいいし、50年後の誰かでもいいし、50年前の誰かでもいいと思っているんだと思います」/『SONGS』

 

空の上には死があって

馴れた階段を踏み外す

何故?

何故

と問うときには

すでに日常の階段をふみはずしている

 高橋喜久春 「日常」

 

 

未来ーーあるいは、ここでは人生って言ってもいいんだけどーーにやみくも期待し続けることから脱けだせなかったら、ヒトはいつまで経っても未来というものの奴隷なんだ。 

 

「あなたが人生になにかを期待するのではなく、あなたが人生からなにを期待されているのかを考えること」

 

期待とは待つ、受動態である。

人生に期待するのではなく、考えるのだ。

 

「期待しないで待つ」ということ
──「期待」という言葉がありましたが、期待してもその通りにはならないことが多くあります。

 
待てばいらいらするし、期待通りにいかなければ落胆する。でも「期待」というのは「待つ」の一つの形態に過ぎない。


待てばいらいらする。期待通りにならなければ落胆し、時には怒りさえも覚える。そのことばかり考え、視野も狭まる。これは、待つ当人にイニシアチブがあるからで、感情の振幅が激しくなる。

 

文明の進化によって、人間は無意識のうちに「全能感」を持つようになったのかもしれません。「お金があれば何でも買える」、と真顔で語る人がいるし、ゲームやインターネットなどバーチャルな世界では、簡単にリセットでき、何にでもなれます。でも現実の世界は違い、思うようにならないことが山積みです。そもそも、自分の心の振幅だって思い通りにはできないでしょう。


それでいいんだと思ってください。人間、一色に染まったらだめです。自分のなかに、自分を否定する、裏切るような要素、グレーな部分を持っているべきなのです。価値観と言い換えてもいいですが、一つしかなければ応用が利かないし、非常に打たれ弱い。複数の価値観があれば思考の幅が広がるし、人間したたかになれます。