義務ダンスTIME

日々新しい音楽を発掘中。

空の上には死があって

馴れた階段を踏み外す

何故?

何故

と問うときには

すでに日常の階段をふみはずしている

 高橋喜久春 「日常」

 

 

未来ーーあるいは、ここでは人生って言ってもいいんだけどーーにやみくも期待し続けることから脱けだせなかったら、ヒトはいつまで経っても未来というものの奴隷なんだ。 

 

「あなたが人生になにかを期待するのではなく、あなたが人生からなにを期待されているのかを考えること」

 

期待とは待つ、受動態である。

人生に期待するのではなく、考えるのだ。

 

「期待しないで待つ」ということ
──「期待」という言葉がありましたが、期待してもその通りにはならないことが多くあります。

 
待てばいらいらするし、期待通りにいかなければ落胆する。でも「期待」というのは「待つ」の一つの形態に過ぎない。


待てばいらいらする。期待通りにならなければ落胆し、時には怒りさえも覚える。そのことばかり考え、視野も狭まる。これは、待つ当人にイニシアチブがあるからで、感情の振幅が激しくなる。

 

文明の進化によって、人間は無意識のうちに「全能感」を持つようになったのかもしれません。「お金があれば何でも買える」、と真顔で語る人がいるし、ゲームやインターネットなどバーチャルな世界では、簡単にリセットでき、何にでもなれます。でも現実の世界は違い、思うようにならないことが山積みです。そもそも、自分の心の振幅だって思い通りにはできないでしょう。


それでいいんだと思ってください。人間、一色に染まったらだめです。自分のなかに、自分を否定する、裏切るような要素、グレーな部分を持っているべきなのです。価値観と言い換えてもいいですが、一つしかなければ応用が利かないし、非常に打たれ弱い。複数の価値観があれば思考の幅が広がるし、人間したたかになれます。